« C&Rカレンダー 2007好評発売中! | メイン | 『氷見の寒ぶり』 »
2006年12月14日
『西洋毛鉤浪漫倶楽部』発足!
知識偏重の世の中が悲鳴をあげています。知恵の力はやはり大きい。皆が集まって何かをすると必ずこの知恵の力がモノを言う。そしてその知恵と共に大切なのは、踏み出す勇気・・・・浪漫喫茶プロジェクトから、『西洋毛鉤浪漫倶楽部』を発足します!
魚無連絡です。年末、年始恒例のロフト忘年会、新年会のお知らせトピックスコーナーにエントリーしました。参加できそうな方はコメントを残して下さい。また北関東での管釣りに絡めコテージに前泊する『ヘボ会新年会』も要さんと共同企画中です・・・そちらは年内にはご案内出来ると思います!
元々長野の田舎で育ち、中、高時代は勉強が嫌いでサッカーに明け暮れていたボクは、浪人を許さないと言った両親の言葉に『逃げ場』を失い、大学に合格するためだけに、受験までの3ヶ月必至で『知識』を詰め込みました。
もちろんその結果得られたモノは、4年間の楽しい大学生活だったり、一番の社会勉強であるアルバイト、体育会でのサッカー部の男の絆など、その後の人生の転機であったことには違いありません。引き換えに両親からもらった両目1・5の視力が減退し、眼鏡人生の始まりを迎えました。しかしどう思い起こしても受験の時に詰め込んだ『知識』は今のボクに何の影響を及ぼしているかが分らないのです。
宿題をしないで、ランドセルを放り投げると田んぼに行ってはかえるを採り、川に行っては魚を手づかみし生き物の息づかいや動きを見て体の身のこなしを覚えました。もちろん何度川で転んだり、崖を転げ落ちたりしたか分りませんが、それも身体で『受け身』を覚えたのだと思います。
泳ぎは樹齢300年近い檜の森林浴で知られる赤沢の、力強い流れが足腰を充分鍛えてくれました。増水気味の川でも、仲間みんなでお互いを注意しあいながら自然と危険を回避していました。
採ってきた魚のハラワタを自分で裁き、近所の人たちに配っては『釣りキチ三平か?由井大久か!?』の名を上松町の狭い中では欲しいままにしていました(笑)そこで覚えたのは『褒められると人はウレシイ』と言う単純ではありますが、大切なコト。そして魚の命を頂いていると言う『頂きます』の本当の意味・・・命が絶える瞬間に起こる事にも。生命を大切にするという事の真理があります。
それを経験していれば、人を傷つける事に対する身体に沁み付く抵抗感があるのですが、それが今の世の中は希薄です・・・・全ては山や川がボクにとっての『先生』でした。そこで得られた知恵は今でも、ボクの物事を捉える軸となり何にもかえ難いものです。今の子供達にはそうした知恵を得る機会そのものが少なすぎる様に思います。残念ながらそれはボクの子供達にも言えるコトです・・・
そういう環境を親が与えていないのに、おひとり様ゲームやお金はどんどん与えてしまう。そこで出るキーワードが『皆が持ってるから・・・』持っていないとイジメにあう?可哀想・・・と。本当に可哀想なのは、自分で考える知恵を持たない子供を増やしているコトの様に思いますがいかがでしょう・・・
僕達が小さい頃はみんな何も持っていなかった。唯一あるのは自転車位で、みんな工夫して遊びを考えたり探してました。お金があっても何も買えない田舎で育ったこと、これがボクの人生を決定づけたポイントなんだと思います。ドッジボールやサッカーボールを手に入れた時の嬉しさは今でも忘れられません。
もちろんオヤジに初めて買ってもらった釣竿の重み・・・4・5mの真っ黒い餌釣り竿。あれで掛けた木曽川の残りニジマスのガンガンと言う引きの感触・・・一生忘れない思い出です。
知恵は無限の可能性を生み出すキッカケになること。知恵と勇気があればさらに可能性は無限大になると言う確かな手ごたえがあります。C&Rカレンダーの制作もこの写真を提供して下さった、Lt-cahillさん始め皆さんの『知恵』がキッカケでした。
『西洋毛鉤浪漫喫茶』で二日間にわたり見た浪漫は、『西洋毛鉤浪漫倶楽部』として生まれ変わり、これからの浪漫ある未来に向けて、勇気ある次の一歩を踏み出すコトになりました。後世に残すべき地球が何よりの財産であるコトに気づきがありました。
あの頃の『三平くんを夢みていた由井大久』にもう一度戻って川や山から、もう一度いろんな事を学びたいと思っています。オヤジパワー全開で行きますよー!
投稿者 daikyu : 2006年12月14日 08:02
コメント
daikyuさん、こんちわ!!
ボクも釣りキチ三平くんみたいに“うっひょー”って大きな声で叫びながら、大きな夢を追いかけてみたいと思います。
・・・その前に、今回の西洋毛鉤浪漫喫茶を終えて数日が経ち、反省点も何点かあるので、それはまたDMさせていただきます。次回の西洋毛鉤浪漫倶楽部がさらにイイ感じになるように、頑張りましょう!!
投稿者 terry : 2006年12月15日 12:30
dakyuさんのエントリー、いちいちうなづきながら拝読しました。
うちの子がどんな人間に育っているのかを省みると、親として反省させられることばかりです。
『西洋毛鉤浪漫倶楽部』がどのような展開になるのか、ワクワクしています。
個人的には、ちょっとしたターニングポイントになる事は確かです。
とりあえす来週は、これもblogで知り合った方とそのお子さんたちと発眼卵の放流です。
子供たちにはきっと一生忘れない思い出になると思っています。
『西洋毛鉤浪漫倶楽部・愛知川支流』ぼちぼち楽しみます。
投稿者 西洋毛鉤 : 2006年12月15日 13:24
daikyuさん、こんにちは。
全く同感。文章読んでてうなずいていました。私もフライを始めた頃は大物を釣れば満足できるのか、数を釣れば満足できるのかなど、狭い範囲でフライフィッシングを捉えていました。しかし、魚を中心に自然環境の大切さを教えられ、釣り人として最低限守って行かなければならないルールとマナーなど、関わりを持つためには責任もあると思います。
そんな意味でも今回の『西洋毛鉤浪漫倶楽部』がどこまでできるのか解りませんが、応援させていただきたいと思っています。
がんばってくださいね!
投稿者 Lt_cahill : 2006年12月15日 13:43
daikyuさん、こんばんわ。(^^)
途中まで書き込んでたら、どっかを押して消えちゃった(なので、トーンダウン気味)。
失った自然や想いはそんな簡単に戻らないし、教えられない(聞く方は絵空事)。しかし、ギリギリでも保護と再生を意識して行けば、いつかは見せられる時が来ると思います。
小さな事でもいつかは・・目指せ美しい国。
投稿者 dadlife : 2006年12月15日 17:51
daikyuさん、こんばんわ!
わたしはフライ歴4年の初心者ですので当然、大物を釣れば満足できます!が、なかなか釣れず・・・数をつれば満足できます!がこれもなかなか釣れず・・早い話が私の腕がへたくそ以上に魚がいないんだ!と勝手に結論づけて(笑)、地元の図書館で釣りをテーマにしたハンドクラフト展を仲間と開きました。
あれから3年、小さな流れがいくつか集まって、一つの意思を持った流れになろうとしてますね・・。継続は力なり!
投稿者 フィッシュクラフト : 2006年12月15日 21:10
terryさんおはようございます。昨日は失礼しました・・・
ここ2週はジャニ天準備と仕事とコングロマリット状態で
した(笑)
大きい夢を追いかけることなんて、しばらくしていないで
すよね。でも釣りに関わることならば自然にこうしたいと
言う思いで始められそうです。
ジャニ天は急遽決まったプロジェクトなこと、電話やメール
での打ち合わせが殆どだったことを考えると、もちろん至らな
い部分もあったと思いますが『小さいながらも力強い一歩』
だったのではと思います・・・・
今後のことも会って打ち合わせあしにくいですが、そこは
知恵と工夫で行きましょう!
投稿者 daikyu : 2006年12月16日 08:07
西洋毛鉤さんおはようございます。子供のことはボク自身
が一番反省してるんですよ。仕事だ、釣りだと一緒にいる
時間が少なく、野山で遊んでるのはお父さんだけ(笑)
来シーズンは家族で山、川に出掛け、10歳になる娘には
フライロッドを持たせようかと考えてます。いよいよ野外教
育の本格始動です・・・・
西洋毛鉤さんのハンドルネームにインスパイアされて出て
来たプロジェクト名・・・愛着湧きますよね!
>『西洋毛鉤浪漫倶楽部・愛知川支流』ぼちぼち楽しみます。
素敵な企画ですね。たくさんの輪が広がると今回の企画や
準備の時間も意味あるものになりそうです!
投稿者 daikyu : 2006年12月16日 08:14
Lt-cahillさんおはようございます!チョイ不良FFマン代表に
褒めて頂いてウレシイ限りです(笑)ボクもようやくそんなこと
を考える歳になったんだと思います。
ちょっと前までは、やっぱり上手くなるか大きいのを釣るかと
言うことに気持ちが行きがちでしたが、人は色んな経験があ
って、その波が大きい程感じる事があるんですね・・・
釣り人だからこそ出来る川や環境への関わり方を模索するの
も良いと思うんですよね。ぜひ釣りをご一緒しながらそんな話
も出来るとウレシイです!
投稿者 daikyu : 2006年12月16日 08:25
dadlifeさんおはようございます!書き込み消しちまう事
ありますよね。すげーショック・・・・良く分ります。トーンダ
ウンもナットク。
有史以来の大自然への影響が強くなったのは、ここ50年
と聞いています。ボクたちが生まれてからがその殆どの時
間と言うのは、やっぱり不名誉な記録と不愉快な記憶にな
る可能性が大ですよね。
大それた事ばかりでなく、気持ちや意識の芽生えで自ずと
やれる事をやると言うスタンスも必要かなと。やっぱり世の
中バランス感覚も大事なんですね。
釣りは一生の趣味ですから、楽しく出来るのも自然があって
のことですねー
投稿者 daikyu : 2006年12月16日 08:32
フィッシュクラフトさんおはようございます。釣り方商店のブログ
を始めたときに、色んな人がひょっこり顔を出して話して元気に
なって、またね!って感じの、昔ながらの商店の感覚が欲しか
ったのですが、ようやく最近店主も歳と共に落ち着いてきまして、良い感じになってきたのではと自画自賛しております(笑)
小学校時代はへたっぴの腕でもたくさん釣れましたので、やっ
ぱり魚は減ってると思うんですね。長い地球の歴史からしたら、30年位の年月ですが、大きく変化してしまったのは人の影響
に他なりません。
これからは少しでも魚が増える様な活動が、ゆったりとしたサイ
クルで川だけでなく、全体の環境の中の川であり、魚だと言う
観点で何かが出来ると意味がありそうです。
まさしく継続は力、おそらくこの継続の成果が本当の意味で
出てくるのは、僕達の子供達が大きくなった頃になるのかも
しれないですね。でもこれこそ『男の浪漫』だと思います!
投稿者 daikyu : 2006年12月16日 08:47
daikyuさん ちゃ~っす!
何か自分とにたような少年時代っすね・・。
違うところは、大学受験と体育会系だったってところでしょうか・・・。
受験勉強で得た「知識」は今でもきちんと培われていると思いますよ!だって僕の言葉がきちんと訳せるじゃないですか!
投稿者 ochi : 2006年12月17日 20:17
ochiくんおはようございます!少年時代似てる?
もう一度そういう環境を整えてあげないと、昔はなし
すると、そんなの知らないとか言われそうですね・・・
主語のない、ochiくんの会話を翻訳出来る能力は
間違いなく『知恵』です。だって日本語の翻訳なんて
テーマ大学で教えてないぞ(ばく)
今朝のニュースで東大出身学生の8割が将来に
不安を抱えてるそうです。知恵の時代が来ないと
行けませんな・・・
投稿者 daikyu : 2006年12月18日 05:55
こんにちは
命の重さって、学校では教えてくれないし、
今のゲームの世界ではより一層希薄なものになっている。
そんな気がします。
学生時代かなりのゲーマーだった小生、
それでも、釣りを通して命を頂くというとても
大切な事を勉強できたと思ってます。
今思えば、親父もわざと小生の目の前で
まだ息がある魚にとどめを指し、
そして頂くということをやっていたのかと思います。
ゲームでは、生死が簡単に扱われます。
他人を殺して遊ぶゲームや、殺されてもリセットボタン一つで
やり直せる。
人生のリセットボタンなんて無いのにね~
(あったら欲しいですよね)
小生も、自分の子供に同じ体験をさせようと考えてます。
(まだ4歳だから、まだまだ先。10歳になってからかな?)
あれを見ると、とてもじゃないけど簡単に傷つけるとか
出来なくなるはずです。
ちょっと今回の記事とはかけ離れたコメントになってしまいまいましたが、ちょっと言いたいと思っている一言でした。
投稿者 SAGE愛好会 : 2006年12月18日 12:57
SAGE愛好会さんおはようございます。まさしくおっしゃる
通りだとボクも思います。お父さんが目の前で魚を〆た時
のブルブルッと魚が震える瞬間に、今コメントして頂いた、
心境の原点があるんですもんね。
改めて、そうした1回の体験が100回の言葉よりも、やっ
ぱり説得力ありますよね。心を痛めた数やその深さに応
じて、人はやさしくなれるんだと思います。
みんなそういう部分を持って生まれて来ているはずですから
気づきを与える機会をぜひ作ってあげたいものです。
昔のおとなは子供にすごく関わっていたと思います。それは
自分の子供でなくてもです。究極のやさしさはココに集約され
ているようにも思います。
気の効いた、『おせっかいなおとな』でいたいです!
投稿者 daikyu : 2006年12月19日 05:24
-->