2006年10月27日
今朝松じいさんの話
中央アルプスの駒ケ岳。僕の故郷である木曽上松にそびえる心のシンボルです。この山の下には我が母校上松中学校があります。在学中に学年登山をしていますが、その麓の渓を舞台にした僕のじいさんとオヤジの昔話があります・・・・
僕の故郷は木曽上松ですが、元々のルーツを辿ると、山仕事を生業としていたじいさんの故郷高知県土佐からの出稼ぎ先が木曽でした。縁あってじいさんがおばあさんと、おやじを連れ立って移り住むことになったのがキッカケで僕は木曽に生まれました。
じいさんの名は今朝松と言い、それは釣りが好きだったそうで山仕事の合間を縫っては釣りをして、大きな淵で立ち泳ぎをしながらタナビラやイワナを突いていたと言う話がある程、山仕事の仲間内でも評判の魚獲り名人だったそうです。
そんな今朝松じいさんがある日おやじを連れて駒ケ岳山麗のある渓に山越えをして、魚を獲りに行くことになったそうです。山深い木曽の渓でも秘境であるその場所では、漁をして渓で泊まり翌朝戻る行程だったそうです。
夢中で釣りをして、夕闇が迫る前に刺し網をするのはじいさんの漁師としての腕の見せ所だったそうです。今では一部の魚種や期間でしか許可されていない漁法ですが、当時はたくさん魚もいたと思います・・・・
夜が明けて間もない時間に網を上げると、頭が小さくて太ったヤマトイワナがそれはたくさん獲れたそうです。意気揚々と背負いカゴ一杯にイワナを入れて山を下ったそうです。当時実家の庭先にあったタイル張りの井戸の流しにどどーっとイワナをあけると、ばあさんがそれは喜んだそうです。
秋口に山上湖の上流部にある、山合いの小さな沢に入ると、沢を覆う笹薮がガサガサとゆれるので、熊でも出たのかと思うと、産卵で差して来た大イワナが逃げる時に笹を背中で揺らした音だったと言う話もしてくれました・・・・
良き古き時代の話と言えばそれまでですが、僕にはこの話をただの昔話には終わらせたくないと言う想いがあります。じいさんが山仕事をして、ばあさんとおやじを連れ木曽に移り住み、おやじが母と木曽で出会い僕達子供が生まれた訳です。
皆さんそれぞれ持って生まれた縁があると思いますが、僕は高知と木曽のハーフで海と渓の血が流れていることになります。縁あって山深い木曽に育ち色んな事を経験しました。おやじから聞いたじいさんとの昔話は僕に強烈なメッセージを残してくれていると思っています。
大自然の歴史に比べればほんの僅かな歴史と言える50年前には現実だった話が、今では夢の様な話と片付けられてしまうまでになってしまったと言うことです。もちろん僕も自然に手を加えてしまった一因のひとりに違いありません。
人間の歴史で言えば長い50年ですが、もう一度その夢を見ようと思えば僕が生きている間に実現する事も難しいかもしれません。奇跡でも起こらなければ・・・・ただ奇跡は願って起こすものでなく、信じて積み重ねて初めて起こりうるものだと思います。
昨日の日本ハムファイターズが日本シリーズ優勝で、教えてくれたものはシンジラレナーイと監督は表現しましたが、選手、スタッフ、ファンが一体となって信じ抜いて築いた奇跡だったのではないでしょうか?
釣りを取り巻く環境も大きく変えることばかりでなく、身の回りで出来る事を少しづつ前に進めながら、形を作って行く事も大切なのではと考えています。いつかこの山の麓で僕や兄貴と子供たちでイワナ釣りをしてビバークするのも良いかなぁと思っています。
投稿者 daikyu : 2006年10月27日 22:48
コメント
まだまだ本物の木曽をしらないので、来シーズンは是非是非ガイドしてくださいね。
でも、クマは呼び寄せないでちょ!(爆)
投稿者 para-miyuki : 2006年10月27日 23:47
daikyuさん、おはようございます。フランス人の母とアラブの石油王の間に生まれた日本人のdadでーす(そんな訳ねーだろー・独りボケ・ツッコミ)。
遠い昔の光景が目に浮かぶようなエントリーですね。たった50年でこんなにも変わる環境、便利の先に失った大きな物の一つでしょうか・・。
血ですか・・daikyuさん、まんまじゃないですかー。
因みに、自分は貴族の・・(あっ、始まった・失礼しましたー・笑)。
投稿者 dadlife : 2006年10月28日 08:30
para-miyukiさんおはようございます。僕も実家周辺
の渓は案外歩いて入ったり、それこそビバークしたり
何ていうのは最近していません。
渓は抜群に綺麗なので、夏の日差しがカーッと来るよう
な季節に釣り上がりしたいですね。
ぜひご案内させてください。アークに熊除け犬役してもら
えますかね(笑)
投稿者 daikyu : 2006年10月28日 09:43
dadlifeさんアラブとフランスのハーフなんですね。
どうりでホリの深い素敵なお顔だと(笑)
便利になったと言えば、中央高速が諏訪から伊那
を通るか、木曽を通るかと言う話が遠い昔に議論
され色々あったと思いますが、木曽を通らなかった
んですね。
確かに不便ではありましたが、自然はかなり残った
と思います。便利さと引き換えに失うものが目に着き
にくいのはどの世界でも同じでしょうか・・・
投稿者 daikyu : 2006年10月28日 09:49
おはようございます。
僕が釣りを始めたころに通っていた釣具屋さんのおやじは70歳位の和竿職人で、”和竿の良いところはね、”なんて話しをながら、昔の川や海の話をしてくれました。”相模川の鮎は立派だったとか、酒匂川の天然のヤマメの特徴はこんなだとか、昔の、、、、”といろいろ。学校が終われば塾の無い日は毎日のように通って、何度も同じような話を聴きに行ってましたよ。今みたくいつでも行ける様な年じゃなかったから、そんな話を聴いて頭の中で色んな釣りをしてましたよ。
親とか、上司から聞く”昔の話”って大体は説教じみた苦労ばなしですが、他人から聞く”昔ばなし”ってなんだか、あったかい雰囲気があって、その話の光景が目に浮かんでくるような話が多いですよね。思わず、由井さんの話からも色んな景色を想像しちゃいましたよ。
シーズン中の僕らはみんないい"未来話"ばかりですけど、自分たちの子供が僕らの年になった頃には孫に”あったかい昔ばなし”ができる未来が来てるといいですね。
投稿者 norizo : 2006年10月28日 12:26
norizouさんこんにちは。良い話ですねー!昔話には
やっぱり含蓄がありますよね。和竿職人の釣具屋の
おやじさんの話ってところがもう懐かしい感じがします。
今みたいにどこでも行ける様になって・・・と言う話、
まさしくそうですよ。何だかありがたみが無くなって、
昔は本読んだり、想像を膨らましたりしてワクワクし
てた頃でしたからね。
歩いて釣りに行ってたので、自転車手に入った時は
もうどこまでも行ける気がしましたね(笑)実際一番
遠いところは三岳の大島ダムまで友達と自転車で
行きましたからね。スゴイ行動力だと思います・・・
僕達がじいさんになる頃には、『僕達が夢中になって
た頃はあんまり釣れなかったけど、この頃は良く釣れ
るようになったねー』なんて話せる様になったら素敵
ですね。
投稿者 daikyu : 2006年10月28日 13:18
Daikyuさん、こんばんわ!!!
なんていうか、エントリーの内容に即したコメントでは
無いかもしれないのですが・・・・。
この頃よく考えるんですが、「川」って人生と似ていて、終わりが無いのだと思うんです。
とある好きな川に、C&R区間が出来て、放流というものに頼らずとも見事なまでに渓魚たちが沢山泳ぐ川へと成長したわけで、そんな状況に「素晴らしい話だなぁ~~」と思う反面、この先はどうなるのか全く闇だな・・とも思うようになりました。
巷ではそれを「成功」だとか「失敗」という言葉で片付けますが、川に終わりが無い以上、これはある時点での結果であって「失敗」ではないし、反面「成功」とも呼べないな、、って思うんです。
もしかすると、川を管理することに「成功」も「失敗」も無いんじゃないか、、、と思うようになりました。
ただ、人生と似ていて、風邪引いたり、時には怪我や病気にかかることもあるのだろうなぁ・・・だとしたら治療が必要だし、治療することで治せるのじゃないかな??と思うようになりました。
上手く話が伝えられないんですが、おじいさんの時代が健康な川だったら、今は少し風邪引いた感じかも、、、ならばきっと元に戻ることができると信じたいし、その治療は自然治癒という方法もありますが、やっぱり人間の手ですることで、より良くなるような気がします。自分の子供達が風邪引いたり、怪我をして痛がっているのに放っておくような事、ボクにはできないので・・・。
投稿者 Rolly : 2006年10月28日 19:58
Rollyさんこんばんは。いつも川のことを心配してる
Rollyさんらしいコメントありがとうございます。
僕も考えてることを少し・・・
成功と失敗と言う話確かに多いですよね。それは事情を
知らない人や、額に汗したり自分で行動していない人程
そうした評論をしたがる傾向にあると思います。
僕は成功かそうでないかと言う事よりも、幸せかそうでないか
と言う判断も大切ではないかなと思っています。額に汗しない
人たちは便利な世の中でないと生きていけないので、知恵を
出さずに、知識ばかりひけらかしているんじゃないでしょうか?
じいさんやおやじが山を越えて渓に入り、泊まって魚採り
をした様な所は、便利な場所では無いはずですが、苦労して
辿りついた場所で、一生出来ない幸せな経験だったのだと
思います。
どちらかと言うと大変だったなぁと言うことの方が、後々
自分の身になっていることが多いわけで、川のゴミを拾う
ことも、川の将来について考える事も大変ですが、やった
人が一番大きくなれますね・・・
キレイな環境にキレイな魚が棲んで、適度にその恵を美味しく
頂いて感謝する・・・・こんな事を幸せと思えるような時代に
しないとおかしくなってしまいますよね・・・・
人をかえることはとても難しいことですが、何より自分が
少しでも変わる事を意識して、動き出そうと思います・・・・
初冬の松本のイベントもそんなキッカケになればと思います!
投稿者 daikyu : 2006年10月28日 22:16
こんばんは
小生の親父も30年ほどのキャリアを持つFFマンです。
当時の渓流でのエピソードを同行した際よく聞きました。
「昔はよかった」とか「いまに比べて昔の話だからね~」
というレベルで終わってしまったら、そこから先に進みませんものね。
昨今の社会情勢から、昔と全く同じというワケにはいかないのは承知しておりますが、昔に近づくことは出来ると思います。
その方法の一つがC&Rであると思います。
我々FFマン一人一人が小さいことからコツコツとやっていけば、
「塵も積もれば山となる」との諺の通り、物凄いことになると思います。ちなみに、小生渓流で枝に絡まっていたフライを回収したり、落ちているゴミを拾って帰るくらいのことは
なるべくやるようにしています。
遊ばせてもらった川への恩返しのつもりです。
投稿者 SAGE愛好会 : 2006年10月28日 22:45
SAGE愛好会さんこんばんは。お父様が30年のキャリアの
FFマンですかっ!スゴイですね。僕が小学生で鼻たらして
た頃からなんて(笑)
その頃は餌釣りで沢に分け入り、もっぱらキャッチ&ストマッ
クでございました(すんません)そんな罪滅ぼしもあり、これ
からは僕も何か恩返しをと考えています・・・・
最近特に川のゴミ目に付きますね。残念ながら釣り人のもの
とおぼしきモノも多いと思います。小さいことをコツコツとが、
実は中々尊いんだと思います。
赤チョウチンでオヤジがクダ巻いてる様な話で終わらせちゃ
いけませんよね。キャンプでオヤジギャグでクダ巻くのは許
して下さい(笑)
投稿者 daikyu : 2006年10月28日 23:00
川・湖をとりまく環境は複雑ですね。
私が一番感じているのは、生活と川の係わりが極端に薄くなっているという事です。
川を見る機会も川と接する機会も、ましてや川と生活する機会なんて皆無です。
昔が良かったといって、街を流れる川の護岸を元に
戻すなんてことはできませんからね。
自らの命を守るために、護岸は必要なのでしょうが
そのお陰で川とかかわる事からも遠ざかってしまいます。
最近よく思うのですが、近くの川に1年に1回も足を運ばないより
川原で不法に家のゴミを燃やしている方がましだな・・・と。
で、身勝手な私にできる事は、川で楽しく遊ぶ事で~す。
いいおっさんが、川で楽しく遊んでいるのを誰かが見たら、
少しでも世間の人と川との係わりが戻るのではないかと。
楽しいFFで釣った魚を、
友人がこれまた楽しくフィッシュクラフトにしてくれ
フィッシュクラフト展を見た子どもたちに、
渓魚の美しさを知ってもらえたら
これはこれで、人と川の係わりができるかな、と。
投稿者 西洋毛鉤 : 2006年10月29日 08:20
西洋毛鉤さんこんにちは。確かに今の人たちは川とは
縁遠くなっているかもしれませんね。魚を捕る、泳ぐなん
てことは書くまでも無いと思います。
郡上八幡や先日ご一緒した開田高原など生活に水が
密着した地域は今となればとても珍しい環境だと思い
ます。
成功、失敗という概念が多い今の判断の中に、楽しい
か楽しくないかと言う見方も大切だと思います。
川で釣りをしていると色んな人と挨拶します。地元の人、
釣り人などいつもよりも多くしているかもしれません。
楽しく川で過ごすひとつのマナーの様にも思います。
子供の頃は、『いいオヤジが仰々しい格好して釣りしてる』
と思ってましたが、まさしくそんなオヤジになってるんですね!
投稿者 daikyu : 2006年10月29日 11:36
こんにちは!一口に50年は本当に長いですね。
「昔は良かった」と年配の方がよく言いますが、きっとその昔も良かったに違いないと思います。確かに昔は良かったとは思いますが、大事なのは今の環境をどうやったら維持、向上出来るかですね。話が少しそれますが、戦争が終わって50年以上が過ぎた日本は戦争を知らない人が日本の人口の半分以上を占めたそうです。私も勿論、知りませんが、いかに愚かな事かは知っているつもりです。戦争の愚かさと自然の維持、向上だけは自分の子供達に伝えたいと思います。
投稿者 ライズ : 2006年10月29日 21:31
ライズさんこんばんは。昔の話をし出すとオヤジだと
世間の人は言いますが、もうとっくにオヤジを自認し
ていますので良いですよね(笑)
現在の環境をより良く後世に残すためにも、楽しみ
ながら環境のことを考えられる事ができればいいなぁ
と考えております。
戦争はとても大きな傷を残していますが、そういう目に
見えるものだけでなく失われて行った全ての事に共通
しているのは、人の心の中にある相手を思う気持ちなん
じゃないかと思います。
それさえあればどんな事でも解決して行くと思います。
時間は掛かるかもしれませんが・・・その時間をしっかり
と待てる自分のスタンスを大切にしたいと思います・・・・・
投稿者 daikyu : 2006年10月29日 22:20
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